
ぬるま汤より热汤を选んで
生きる姿势が、物语を纺ぐ
2020.04.02 THU
宝塚歌剧団の演出家として助手时代から多くの作品に携わってきた上田さん。さらに脚本も手掛けた演出家デビュー作からは、「生きる上での幸福とは何か。生きるとはどういうことか」など、観客を本质的な问いへと导く力がある物语を一贯して纺いできました。そんな彼女のクリエイティブな能力や思考はどのように育まれたのか。幼少期からさかのぼってうかがいました。
奈良県天理市出身。2004年、京都大学文学部(フランス語学フランス文学専修)卒業後、2年間の製薬会社勤務を経て、2006年に宝塚歌剧団に演出助手として入団。2013年『月雲の皇子 -衣通姫伝説より-』で演出家デビュー。2014年に上演された『翼ある人びと - ブラームスとクララ?シューマン -』が、第18回鶴屋南北戯曲賞の最終候補に残る。2015年に大劇場デビュー作の『星逢一夜』で第23回読売演劇大賞?優秀演出家賞を受賞。2019年、1963年の初演以来幾度となく再演されてきた宝塚の名作『霧深きエルベのほとり』の潤色?演出を担当。
「私は“幸せ”を求めてはいない」
と気づいた新社会人时代
京大に入ってから次第に世の中の一般的な価値観に疑问を感じるようになっていきましたが、就职活动の时期にはまだそれを捨てきれずにいました。「大学を卒业したからには、口に糊していかなければ」という思いが强く、「ここに行けたら就活の胜ち组だ」という公司ばかりにエントリーしていたんです。当时は就职氷河期でしたし、私が変なタイミングに留学したため秋採用での就职活动となり、より厳しい状况に焦りを感じていたのもあります。结果、製薬会社に就职することができ、事务职として2年间働きました。そこはとてもよい会社だったのですが、それが逆にぬるま汤に感じられてしまって。もちろんいろいろな社员がいましたし、たくさんの人间模様を见たことが今の仕事にも役立っています。でも、そこだと私は生きている実感がしなくて、「なぜこれでみんな平気なの!?」とすごく不思议に感じてしまったんです。そこで、はたと気づいたのが、「私は一般的な“幸せ”を求めて生きてはいないんだ!」ということです。それでまだ若かったこともあって、ダメ元で兴味のあった剧场に関わる仕事に挑戦することを决めました。
剧场に関わって生きたいと
宝塚歌剧団に入団
剧场関係の仕事に応募する中で宝塚への採用が决まり、演出助手として働くことになりました。宝塚では一つの作品に演出助手が一人しか付きません。演出助手は、テレビの础顿さんのような现场の仕事に加え、スケジュール管理などの事务方の仕事も含まれるのでとても忙しく、それこそ修行时代は夜中まで残业が続いたり、调べものをしていて朝を迎えたりする日々でした。でも私は、「ここで本当に生き延びられるかどうかが试されている!」と面白がっていました。きっと京大时代に、いろんな体験をすることや感じることが面白い、嫌なことだろうが幸せなことだろうが、「何かを感じる」ってことが一番価値があるんだと信じるようになったからだと思います。「自分が何のために生きているのか」を考え、感じることが。
演出助手时代はひたすら目の前のことを吸収して走り続けていました。何しろ舞台の経験もないまま宝塚に入団したので、何をどうしたらいいのかがさっぱりわかりません。自分が何も知らないことを自覚した上で、ひたすら先辈の演出を见て学ぶ日々でした。
一番いい助手というのは、演出家が何をしたいのか、どういうことを舞台で具现化したいのかを想像しながら、言われる前に手を回しておける存在なんです。だから私も先辈方が音楽や照明のタイミングについてあれこれ言うのを见闻きしながら、「この先辈はこれを见せたいんだな、ちょっとでも曲が遅いとこう感じるんだな」と意図や好みを把握するよう努めました。またそうしていくと、曲や照明のタイミングというのが私にもだんだんとわかってくる。それがすごく勉强になりました。
その後、入団8年目の2013年に『月雲の皇子 -衣通姫伝説より-』という和物の作品で演出家デビューし、それからは宝塚のオーダーに応えながらさまざまなタイプの作品を演出しています。2018年にはショー?レビュー作品に挑戦し、2019年には大好きな菊田一夫先生の作品『霧深きエルベのほとり』を演出させてもらいました。
京大のリベラルな教育が
物语を生む力につながった
ただ剧场関係の仕事がしたいという理由での転职で、本当はプロデュースや剧场运営のような仕事を探していたのに、作り手侧である演出助手に採用されて。何かを书ける気はまったくしませんでしたが、物语を书くことが意外にも性に合っていました。
「『面白い』と思わせる何かがある。不思议だね」というようなことを、言われることがあります。作品のカラーが违っても、何かしら上田久美子なりの面白さがあると。それの「何か」が何なのかは、自分でもよくわかっていません。ただ演出や脚本を考えるときには、私自身が生理的に面白いとワクワクすることを取り入れるようにしています。それがありがたいことに、不特定多数の方に共感していただけるものになっているようです。
宝塚の演出家というキャリアは、京都大学卒业生としては変わり种です。転职当时は周囲に、芸能の仕事への偏见もありました。でも私はキャリアを人生の最重要事项とは感じていないんです。私にとっては、一般に考えられる幸せや成功、つまりは安定したエリート人生は、あくまで社会が设定した幸福でしかない。私は京大のリベラルな教育のおかげで、それが谁もに合うわけじゃないということに早い段阶で気づかせてもらいました。
生まれてしまったからには、课せられた命をどうまっとうするか。真に生きるとはどういうことなのかを、いつも考えながら生きる。それが多分、私が京大に教えてもらったことだと思います。おかげで苦労をいとわず、むしろそれを人生の味わいだと楽しむことができるようになり、结果、少しは本质的なものに目が向き、物语を纺ぐスキルが身についたのだと思うのです。
人间が均质化する今の时代、
京大は最后の牙城であるべき
京大の后辈たちに期待するのは、雇用条件やブランド性にとらわれず仕事を选び、自分にとって最良の人生を生きることを求めること。またその中で、苦労や人との摩擦が、自分の物语を豊かにすることにつながっていると気付くことです。
京大は学生それぞれが自由であることが、多分日本のどこよりも许されている场所だと私は思っています。イノベーティブな発想は、游び心や自由さから生まれるものです。今はどんどん人间が均质化しているので、京大は最大限「変」であってほしいし、京大生ぐらいはラディカルで本质を见抜こうとする部分があってほしいと思っています。京大生までが安寧をめざして生きたのでは、日本はさらに凋落するでしょう。「どれだけ変なことをしてやろうか」というぐらいの心意気がある人が育つ场所、京大がその最后の牙城だと私は思っているので、ぜひ顽张ってほしいです。
上田久美子さんが学んだ京都大学では、创立125周年を机に国际竞争力强化、研究力强化、社会连携推进の3事业を展开するための寄付を募っています。ぜひともご支援を赐りますようお愿い申し上げます。







