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京都大学のあゆみ

歴代総长の式辞で振り返る
松本 紘

平成22年度 卒業式式辞

松本 紘第25代総长

松本 紘

 2011年3月11日に未曾有の大地震が东北地方太平洋冲で発生し、福岛第一原子力発电所の事故を併発した。地震と津波による犠牲者の中には京都大学の4回生3名も含まれていた。
 2010年度卒业式の松本総长の式辞は、东日本大震灾を强く意识した内容であり、国难ともいうべきこの厳しい时代に持てる力を発挥し、世界を舞台に日本と人类社会の未来を切り开く使命を果たして欲しいと卒业生への期待を述べている。教育の段阶は「闻思修」の叁段阶あることを绍介し、卒业后すぐに社会人となる场合、また大学院へ进学する场合は「闻思修」のそれぞれどの段阶に当たるか示すとともに、2012年开设の博士课程教育リーディングプログラム「京都大学思修馆」に対する松本総长の构想を述べている。

平成22年度 卒業式

2011(平成23)年3月24日

 さる3月11日に未曾有の东北地方太平洋冲地震が発生しました。この空前絶后ともいえる巨大地震と大津波で多くのかけがえのない命が失われましたことは、疾痛惨憺の极みであります。そのうちには、今日みなさんとともにこの卒业式に参列されるはずであった本学の4回生の3名が含まれていることは、极まりなく无念であります。ご遗族の方々には、心からの哀悼の意を表します。この震灾とそれに続く福岛の原子力発电所事故により被害にあわれている方々および被灾地にご家族、ご亲戚、ご友人?知人がおられる方々、また、卒业生に含まれる被灾各県出身のみなさんに心からお见舞い申し上げます。今后、京都大学は熟虑断行を基本としながらも、眼前の事态から目をそむけず、また近きを释(す)てず、すみやかに被灾地からの新入生や学生への支援を进めていくとともに、被灾地の方々にできる限りの协力をおしまないつもりです。
 本日、ご来宾の尾池和夫前総长、名誉教授、列席の副学长、学部长、部局长をはじめとする教职员一同とともに、2,775名のみなさんに学士の学位を授与する运びとなりました。この国难とも呼べる时期に卒业式を迎えることとなったみなさんは、手放しで喜ぶ気分にはなれないとは思いますが、学士课程を无事修了され、学位を得られたことに敬意を表するとともにお庆びを申し上げます。
 京都大学の114年の歩みの中で、みなさんを含めて本学の卒业生の累计は、18万8,202名となりました。みなさんの前には、18万人を超える先辈が存在することになります。
 いま日本は长く続いた社会の闭塞感にくわえ、未曾有の东日本大震灾に见舞われ、茫然自失ともいえる状况です。みなさんは一市民として、また今后社会のリーダーとして京都大学で培われた人间力を基础に、国难ともいうべきこの厳しい时代に持てる力を発挥し、世界を舞台に我が国と人类社会の未来を切り拓く使命を果たさねばなりません。
 そのために、大学院进学のみなさんは専门毎に分かれて、これから学术に磨きをかけることになります。复雑な现実については、全体像を直ちに理解することはできません。17世纪の自然哲学者ルネ?デカルトはいかに复雑な现象であれ、物事を分けて考えると科学的な思考ができるといった要素还元论的発想を示し、近代の扉を开きました。しかし、このような要素还元论にも限界があることは、我々の心の问题を考えると分かり易いでしょう。近年では心の机能をつかさどるのは脳であると考え、高次脳机能の研究とあいまって、前头叶、侧头叶、后头叶、脳干など细かく研究がすすみました。それでも心の働きは见えてきませんでした。さらに脳神経,脳细胞を切り込んでいっても、まだ全体としての心は明确にはなっていません。このように、细かく分けたからといって、かならずしも事态を解明できるとは限りません。しかし、要素还元论が一定の成功を収めてきたことは軽视されてはならず、みなさんはそれぞれ细分化された各学问分野の専门家として、まず自立するよう努力すると同时に全体像を见失うことがないよう常に心がける必要があるでしょう。
 卒业后、直ちに社会に羽ばたくみなさんは、职场では社会の具体的な问题にいきなり直面することになります。古(いにしえ)よりの都(みやこ)京都での大学生活で身につけた知识や体験だけで対処できる问题もあると思いますが、それだけでは不十分なことも数多いと思います。常に社会のニーズを自分でとらえ、必要とされる知识を生涯学び続ける必要があるでしょう。
 昔から教育は、ややもすると人から教わり、知识を授けてもらうにすぎないと思われがちですが、真の教育というのは、教え育むとあるとおり、「育む」という点が重要であり、先哲はそのための教育法をいろいろと考えてきました。世の东西を问わず教育の第一段阶は、それまでに伝えられた知识を教える。教えられる侧からいえば、知识を伝授される段阶といってもいいでしょう。すなわち、闻いて知识を脳の中にインプットする。その段阶を终えると、その次は、ある程度できあがった知识ベースを基础に、自分で考えさせる教育段阶があります。物事を考え、知识の足りないところを自分の思索で补い、必要に応じてもう一度知识を得た初期の段阶に立ち戻って调査を行い、改めて知识を再构筑します。それが多くの教育法のパターンであり、単纯な知识の伝授だけでなく、自らが独自に考えられるようになるために有効な方法です。ここまでの二つの过程は、インド仏教伝来の「闻慧(もんえ)」つまり闻いてつける智慧と「思慧(しえ)」つまり考えてつける智慧にあたります。仕上げには第叁段阶の「修慧(しゅうえ)」があり、これは実践を通じてつける智慧です。これらの叁段阶を「闻思修(もんししゅう)」といいます。
 学部卒业后ただちに社会に出る人は、いきなり「修」つまり実践の世界に入るといえるかもしれません。それぞれの段阶において、闻思修のウェートの置き方は违いますが、やはり闻思修を进めていくことに违いはありません。今ここにいるみなさんは、「闻」と「思」についてはすでに一定程度おさめられたと思います。大学院に进学する人はさらに思索を深め、学术の世界で「修」に至っていただきたいと思います。さらに博士课程を希望するみなさんには、「闻思修」という考え方を忘れずに、あまりにも细分化された専门分野からの管见に世の中の复雑な现実を见失わないようにしてもらいたいと希望します。
 本学の自学自习は、まさに「闻」を终え、「思」索に入る段阶で、自分で考えて隙间を埋めるということです。また、「闻」が足りなければもちろん前に戻ります。そのときに、安易にインターネットに頼るのではなくて、人类の学术の精华?真髄ともいうべき古典书籍の玩味などを通じ、时空间を超えて広く情报を集めていただきたいと思います。そして、ときには自分の中に积み上がっている既成の知识や考え方から自らを解き放ち、自由阔达に常に自らを见直すと同时に、社会の常识、科学の知见なども常に自らの考えに基づいて根本から再検讨していただきたいと思います。それが自学自习の根本です。それが何のためかというと、最终的には「修」、実际の行动、人生の歩み方というところに繋がるものであるからと私は考えています。そして、このプロセスを円滑に进め、多くの人材を今后も本学から辈出させつづけるための试みとして本学では、リーディング大学院の构想が生まれています。これまでの研究科タイプの大学院に加え、世界のリーダー育成を目指した新しいタイプの大学院の构想で、平成24年の开设を目指しています。
 この卒业式で一つの区切りをつけ、新しいスタートラインに立つみなさんを、京都大学はこれからも応援していきます。卒业するみなさんがときには母校を访ね、语らい、また同窓会活动の场として、また生涯の学习の场として京都大学を人生の基轴として积极的に活用していただけるよう愿っています。また、ご家族のこれまでの厚い支援に大学として御礼申し上げるとともに、卒业生のみなさんには、これまでのご家族の负担や支援に対し、ぜひ感谢の気持ちを忘れず、素直に感谢の気持ちを伝えてください。卒业して、社会で活跃されるみなさんには、様々な场所で、京都大学で身につけた自学自习の精神を活かして活跃しつつ、みなさんの母校である京都大学で研究教育を続ける研究者の応援もお愿いします。また、残りのみなさんは、修士课程に进学され、大学院で学び、研究を続けることになりますが、私は京都大学が优秀な人材を活かせる大学であるように、学内外で必要となる改革を进めていきたいと考えています。
 最后に、今后も絶えず自らを省みて、身体を锻え、こころを磨き、人の痛みや社会の问题を敏感に感じ取れるよう、バランス感覚を大切にし、知勇兼备の人としてご活跃されることを愿い、学士の学位を授与されたみなさんへの私の饯(はなむけ)の言叶といたします。
 本日は诚におめでとうございました。

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